エジプト 古王国時代

古代エジプト人のミイラ作り 永遠の魂と復活の願いとは?

古代エジプトと言えば、ピラミッドや黄金のマスクなどなど、

魅力的で様々な遺物がありますが、その代表的な遺物のひとつが「ミイラ」でしょう。

遺体の腐敗を防ぎ、常に生前の姿を保ちつづけるその姿は、古代エジプト人たちの死後の世界に対する願いが込められていました。

古代エジプトはなぜ、ミイラを作るようになったのでしょうか?

さらに、ミイラに込められた願とは?

ミイラはどのように生まれたのか?

ツタンカーメンのミイラを調べるハワード・カーター/Wikipediaより引用

古代エジプトでは、ミイラのことを「サアエフ(崇高なもの)」と呼ばれていました。

ミイラの一般的なイメージとしては、全身に包帯を巻き、その上から立派なマスクや装飾品で飾り立てられている点でしょう。

そのため、特殊な作業を施さなければ、何千年前もの遺体が現在に遺るおことはないと思うかもしれません。

しかしエジプトでは普通に埋葬しただけでもミイラになってしまう自然環境なのです。

現存するエジプトの最古のミイラは、紀元前3200年前頃のものと思われる遺体です。

これは手足を折り曲げた姿勢で、砂漠に簡単な穴を掘って埋葬されただけのものになります。

しかし、エジプトの乾いた空気と砂によって、遺体の水分が急激に吸収されたことで、腐敗する前に干からびてミイラ化します。

古代エジプトの人々は「天然のミイラ」が、何らかの理由で地面に露出してるのを見かけたことでしょう。

彼らは「天然のミイラ」の観察から、人工的にミイラを作り出すことを考えるようになったと言われています。

ただし、このような「天然のミイラ」を生み出す自然環境はエジプトだけに限ったものではありませんでした。

実際、ミイラは日本を含め世界各地で発見されています。

それほどミイラを作ることにこだわった民族はエジプト人以外はいなかったでしょう。

古代エジプト王国では、王族から一般人、そして動物までもがミイラなり、人々はミイラになることを求めていました。

彼らはなぜそれほどまでにミイラ作りにこだわったのでしょうか?

古代エジプトの死生観とミイラ作りへの挑戦

鳥の姿をした霊魂「バー」(左上)と黒い人間の姿をした霊魂「カー」/Wikipediaより引用

古代エジプト人のミイラ作りは、彼らの持つ特殊な死生観が大きな原動力になったと言われています。

彼らは生物が死ぬと「バー」と呼ばれる霊魂が身体から離れると考えられていました。

この「人が死ぬと体内から魂が抜け出す」といった考え方は、世界中どこでも見受けられます。

よって、とくに変わったものではないでしょう。

しかし、古代エジプト人は「バー」だけではなく、死後も体内にとどまりつづけるもうひとつの霊魂「カ―」の存在を信じていました。

つまり、彼らにとって遺体は単なる魂が抜けたからといって単なる抜け殻ではなかったのです。

たとえ死を迎えても、肉体がある限り死者の霊魂である「カ―」はとどまりつづけます。

さらに、いったん肉体へと戻って来て「復活」できるのではないかとも考えたようです。

この独特な死生観から、古代エジプト人たちは遺体を大切に扱うという習慣を持ちます。

紀元前3000年頃から始まるエジプト古王国時代初期には、ファラオや貴族の遺体は全身を包帯で包まれ、レンガ造りの墓に埋葬されました。

しかし、こうした行為によって、遺体はエジプト特有の乾いた空気や砂漠の砂から隔離されてしまい。かえって腐敗をはやめることになってしまいます。

遺体を保護しつつ、「天然のミイラ」のような状態を作りたい……

そんな願いを実現させるため、300年ほど試行錯誤をつづけた結果、古代エジプト人は2つの技術を獲得することになります。

カノポス容器/Wikipediaより引用

1つは、腐敗しやすい内臓を体内から除去する技術です。

彼らは遺体の腹部を切って、そこから胃・腸・肺・肝臓などを摘出していきます。

取り出された内臓は「カノポス」と呼ばれる石製の容器に納められ遺体と共に埋葬されます。

ただし、心臓だけは感情と思考をつかさどる特別な器官として、除去されることなく体内に残されたと言われます。

もう1つの技術は「ナトロン」と呼ばれる物質の使用になります。

ナトロンは一種の天然塩のようなもので、脱水・脂肪吸引効果がある炭酸ナトリウムなどが含まれていました。

つまり、遺体にナトロンをまぶすことで、砂漠の砂の中に自然埋葬されるような状態を作り出すことを目的としていました。

これからの処置によって、ミイラ作りの技術は各段に発展していきました。

ミイラの作り方

ルクソール西岸 センネジェムの墓に描かれた死者のミイラを作っているアヌビス像/Wikipediaより引用

ミイラの製造過程を詳細に書き残した人物がいます。

その人物は紀元前5世紀頃に活躍した歴史家ヘロドトスです。

ヘロドトスによれば古代エジプト人は遺体をミイラにするときに、故人の身分や財産に応じて、3つの方法を選択しました。

1つ目の方法は、王などに施されるものと同じ最上級の方法です。

それは内臓を除去することから始まります。

ヘロドトスが見聞した時代には脳の除去作業も行われていたようで、鼻腔に鉄の鉤棒を挿入し脳を掻き出します。

その後、体内を洗浄し、内臓のあった空洞に芳香剤などを詰め込み、ナトロンで全身を覆います。

その状態を数十日置かれると、遺体は「天然のミイラ」のように乾燥し、遺体には全身に亜麻布の包帯が巻き付けられ、遺族へと引渡されます。

2つ目方法は、最上級のミイラを作る予算がない者に対して施されます。

まず、切開を行わず特殊な油を体内に入れて内臓を溶かしてしまいます。

最後はナトロンで乾燥させて遺族に引き渡されます。

3つ目の方法は、身分が低い貧しい者に対しては行われた簡素な方法です。

内臓除去は一切行わず、腸内洗浄とナトロンによる乾燥だけで済まされたようです。

このように古代エジプト人では、一般大衆でさえ、たとえ貧しくてもミイラになる願望を持っていました。

ファラオのはじめとする王家のミイラには、より手の込んだ処置が施された様です。

例えば新王国時代のファラオであるラムセス4世のミイラには、両目のあった位置に小さな玉ねぎが詰め込まれていました。

これはナトロンによって収縮しまった眼球の代わりに眼球の収まる頭蓋骨のくぼみである眼窩を膨らませる目的があったとされています。

さらに王家のミイラには、故人に似せたマスクや人形の棺が作られました。

それらは装飾品という意味ではなく、遺体の一部として認識されていたようです。

こうした作業にかかる費用は莫大なものであり、一般人が真似するには非常に難しかったでしょう。

しかし、死んだ後も永遠に生前の姿を維持したいというのは、古代エジプト人にとって絶対的な願いです。

そのため、費用が莫大になろうともミイラに対する情熱は途切れることはありません。

暴かれていくミイラ

ツタンカーメンのX線写真/Wikipediaより引用

「復活」の願いが籠った古代エジプト人のミイラですが…

彼らのミイラに対する思いとは裏腹に古代エジプト滅亡後は酷い扱いを受けることになります。

ミイラの語源は、アラビア語の「ムミア」が由来となっています。

ムミアとは産出量が限られた天然鉱物の一種であり、中世のアラビアではミイラの包帯にあり、それが万能薬と見なされていました。

実際には、ミイラの包帯にはムミアは含まれていませんが、アラブ人やヨーロッパ人はこぞってミイラを求めるようになります。

アラブ人は入手したミイラを粉々に砕き、粉状にして服用したとされます。

このムミアという「ミイラ薬」は11世紀から12世紀より流通が始まり、なんと19世紀に入るまでなくなりませんでした。

人々は古代エジプトの遺跡から発掘されたミイラを次々と買い取っていました。

しかし、中には「偽ミイラ」で儲けることを企んだ人々もいたようです。

フランス人医師がミイラを求めると、病人や囚人の死体で作ったミイラを差し出されたようです。

ミイラは霊魂「カー」「バー」のよりどころとして、通常の遺体よりも大切に扱われていましたが…

後世の人々からは、その奇妙さからひどい扱いを受ける結果になってしまいました。

しかし、現代ではミイラは歴史の遺産としては大切に扱われています。

X線などを使うことで、ほとんど傷をつけることなく、その内部を深く解析することができます

ミイラから古代エジプトの全貌を知る手がかかりが多く、彼らは今でも私たちに多くのことを語ってきます。

『参考文献』

アンジュ・ピエール・ルカ『ミイラ―ミイラ考古学入門』佑学社 1978

ジェイムズ・パトナム『ミイラ事典』あすなろ書房 2004年

フランソワーズ デュナンロジェ リシタンベール 『ミイラの謎』 創元社 1994

石上玄一『エジプトの死者の書―宗教思想の根源を探る―』人文書院 1980

酒井伝六/鈴木順子『死の考古学―古代エジプトの神と墓―』法政大学出版局 2009

村治笙子/片岸直美『図説エジプトの「死者の書」』河出書房新社 2016

吉村作治『エジプトミイラ5000年の謎 』講談社 2000

 

古代文明大研究

歴史系ブロガーです。 小学生の頃からの古代文明が好きです。 古今東西の古代の歴史について調べています。 解き明かされていない謎について迫って行くことに面白みを感じています。(中々人に理解されないですよね~泣) 分かりやすく世界の古代史について情報発信をしていきます。 よろしくお願いします

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