エジプト 古王国時代

古代エジプトのピラミッド建設は失業対策?-公共事業説をまとめてみた-

かつてはピラミッド奴隷を酷使して造られた王墓と思われていました。

しかし現在では、そのピラミッド建設が公共事業だったという見解が発表されます。

それはピラミッドそのものに意味があるのではなく…

ピラミッドを造る行為によって、人々に恩恵をもたらしたと言われています。

ただし、公共事業という考えに捉えられるだけではピラミッドは理解できないでしょう。

今や定説になりつつある公共事業の考えの問題点を指摘するため、

まずはピラミッド研究の経緯について追ってみましょう。

ピラミッドの建設は公共事業だった?

経済学者ケインズ:ピラミッド建設の理由として失業対策を説いた/Wikipediaより引用

古代エジプト文明の象徴ともいえる建造物であるピラミッド。

それは「公共事業」などいった、いかにも近現代な言葉とは嚙み合わないような存在です。

しかし、20世紀前半に活躍した経済学者ケインズは「公共事業でピラミッドを建設しても景気対策になる」という見解を示しているようです。

そもそも公共事業とは、国家などが公益のために行う事業のこと指します。

ケインズは深刻な不況や失業率増加などに対する対策として、国家が積極的に市場に参入することで雇用を作り出し、解決を図ることを推進しました。

さらは彼は失業対策のためには公共事業を行うこと自体が重要です。

また、どのような事業を行うかは問題ではないともしています。

つまりケインズは「どんな無意味な公共事業でも景気対策にある」という自説に対する一種の例え話として、ピラミッドというキーワードを使っています。

もちろん彼は古代エジプト史の専門家ではなく、彼はあったのは、当時の人々が持っていたピラミッドに対する一般的なイメージでしょう。

約5000年前の古代エジプト人たちは、いったい何のために、あのよう巨大な施設を造ったのかーその答えは現在も出ていません。

20世紀前半の人物であるケインズが、ピラミッドを無意識なものの象徴のように表現したとしても仕方がないと言えるでしょう。

だが、実は現在、ケインズの例え話が真実ではないと説が浮上しています。

すなわち、古代エジプト人はケインズが提唱した公共事業による雇用を創り出すきっかけを、ピラミッド建設によって実践していたと言われています。

ヘロドトスが広めたピラミッドへの誤解

18世紀に描かれたピラミッド建設過程の図:ヘロドトスによれば、多くの奴隷によってピラミッドが建設されたというが…/Wikipediaより引用

ではまず、ピラミッドとその建設における従来の定説を紹介します。

ピラミッドの存在を世界に広める第一者は、歴史家ヘロドトスです。

エジプトを旅したヘロドトスは、当時の神官などから話を聞いて、ピラミッドに関する詳細な解説を書物に残しています。

しかし、ヘロドトスがエジプトを訪れたのは建設時代から2000年以上も経過した紀元前5世紀頃になります。

そのためヘロドトスは、現代にも根強く残る、誤りかもしれない2つの固定観念を世界中に広めてしまいました。

その1つは、ピラミッドが「王の墓」だということ、もう一方はピラミッドが奴隷を酷使することで造られたという点です。

ピラミッド王墓説については、どのピラミッドからもファラオのミイラが発見されていないことや、

ひとりのファラオの治世中に複数のピラミッドが建設されていることなどから、現在では否定的に考える研究家も多くいます。

しかし、墓でなければなんなのか?という疑問も残ることでしょう。

残念ながら、この問いに関する答えは見かっておらず、議論は行き詰まりを見せています。

また、ヘロドトスによれば、ピラミッド建設のときに10万人もの人々が、3か月交代で、強制的に20年間も労働させられたと言います。

しかし、ピラミッドが造られた当時の古代エジプトには奴隷はほとんど存在していません。

よって、ピラミッドを建設するのに奴隷を使ったという考えが成立し難いのです。

また、近年の調査によって、ピラミッド建設に携わった労働者の世界環境は非常に恵まれたものであることが判明しています。

19世紀末から20世紀にかけての発掘作業で、ギザにあるピラミッド群近辺で発見された彼らの居住地域から、パンを焼く窯やビール用の水差し、

さらに切り込みの入った牛や豚の骨が発見されています。

また、ヘロドトスは莫大な費用と労働力を要するピラミッド建設を否定的にとらえており、

現存する最大のピラミッドを造ったことで有名なクフ王を、国家を疲弊させた悪王と評価しています。

しかし、ヘロドトスの言う「10万人」もの労働力という数字は根拠が薄く、実際に1日平均3万人以下だったのではないかと言われています。

とは言っても、ピラミッド建設にかかる費用と労働力はけっして小さいものではありません。

3万人という労働力だけでも、彼らを兵力として考えると、当時では大軍隊になることが分かります。

ピラミッドは雇用を生み出した?

中王国時代のファラオ「センウセルト1世」のピラミッド建設のイラスト/インスタグラムより引用

「ピラミッドは何のために造られたのか?」という解けない謎を前にして、古代エジプトの研究者たちは思考の転換を図りました。

すなわち、ピラミッドそのものの目的や価値ではなく、ピラミッドを建設するという行為に焦点をあて始めました。

その結果生まれたのが、ピラミッドの公共事業説になります。

古代エジプトでは、毎年7月~10月になるとナイル川が氾濫し、人々は一切農作物ができなくなってしまっていました。

そんな失業状態の彼らを救済するため、ファラオはピラミッド建設という「公共事業」を始め、雇用を創り出したと言われています。

この説に従えば、ピラミッド建設作業はナイル川の氾濫期に限られ、人々の農作業のも影響は及びません。

そのため、ヘロドトスは説いたような国家が疲弊するようなものではないと考えられます。

むしろ、労働者は賃金と食事を支給された人々が喜んでピラミッド建設に参加した可能性が高いのです。

しかし、ピラミッド建設が公共事業説には問題がないというわけではありません。

例えば、ナイル川の氾濫によって人々が失業状態になったと言われますが、労働者たちはファラオがピラミッド建設を始めるまで、何も対策はなかったのでしょうか?

また公共事業説では、ピラミッド建設が7月から10月と夏季から秋に限られたことになりますが……

灼熱の炎天下のもとで、熱く焼けた石材を扱うというのは、あまりのも効率が良くない方法とも言えるでしょう。

農民に働き口を提供したのは確かでしょうが、重労働であったのは確かであり、こういった観点から必ずしも公共事業説だけでは成り立たないでしょう。

しかし、古代エジプトの支配者たちが、最初から雇用対策としてピラミッド建設を始めたかどうかは定かではありません。

いくら生活が保障されていても、ピラミッド建設はあまりに過酷すぎる労働に思えます。

さらに、莫大な費用をつぎ込んだピラミッドの目的が失業対策だけなら、その費用を農民たちに分配すればいいはずです。

物理学者が説く驚愕のピラミッド建設説

ピラミッド建設の理由について言及した物理学者クルト・メンデルスゾーン/Wikipediaより引用

一方、公共事業説とは異なる方向から、ピラミッド建設の目的を探ろうとした学者がおり、1970年代にピラミッドについての著作を発表しました

その人物はイギリスの物理学者クルト・メンデルスゾーンという人物になります。

クルト・メンデルスゾーンによれば、ピラミッド建設とは、古代エジプト王国にファラオを頂点とする中央集権体制を確立させることが目的と主張します。

それまで農業を営んでいた古代エジプト人たちは、ファラオの命令によって1ヶ所に集められました。

そして、中央政権の管理下で賃金や食料を与えられて労働を行う…

これは小さな部落単位で生活を切り離され、まったく新しい社会システム中で生活することになります。

この生活を何十年も繰り返していけば、人々はもはやもとの生活には戻れなくなり、ファラオの支配の中で生きることになります。

また、ピラミッド建築現場には国中のさまざまな地域から人が集まり、自然と民衆の同士に交流が生まれます。

これが国家全体の均一の文化を広める効果をもたらしました。

つまり、労働を終えて故郷に戻った彼らから、建築現場で習得した技術や他の労働者との交流によって得た物資や知識などが伝えられて行きました。

また、ピラミッドの壮大な外観は、当時の人々にとっても感動的であったと考えられます。

古代エジプトのピラミッド建設は国民全体を巻き込んだ大事業であり、強大な国家にと進化したとメンデルスゾーンは主張しました。

逆に言えば、ピラミッド建設なくしては、古代エジプトは中央集権国家に成長しなかったと言えるでしょう。

ファラオが精力的にピラミッドを建設した理由も、強力な王国を作り出し上げるためであったという見解があるようです。

ピラミッドでなければならない理由

ピラミッド建設に関するジェセル王とイムホテプの対談:ピラミッド建設には、多くの政治的思惑も含まれていたようだ/インスタグラムより引用

本来は古代エジプト史とは無縁だった物理学者メンデルスゾーンの説は、一部の研究者たちから強い支持を受けました。

そして、この公共事業説からピラミッドの謎を解明する画期的な学説として認知されていきます。

しかし、メンデルスゾーンの学説は「農民たちの失業対策」などといった限られた一面では論じられていません。

雇用を創り出すだけが目的であれば、ナイル川の灌漑作業など、利益を得れるような事業を行うべきでしょう。

しかし、「中央集権体制の確立」という視点から見れば、そうした地域限定的な事業では効果ないと言えます。

集落単位では手をつけられないような国家規模的な大事業でなければ、人々の心をファラオの下で統率することができないものです。

しかし、メンデルスゾーンの学説は完璧かというとそうではありません。

メンデルスゾーンはピラミッドを「大労働力を動員して劇的なものを造る手段でしかない」と主張していますが…

5000年の時を超えてなおも我々に驚きをもたらす巨大な建造物を造ることが目的と考えるのみでは、判断しにくいでしょう。

やはり、ピラミッド建設を議論するには、古代エジプト人が持っていた独特の宗教観・死生観を考慮に入れる必要があるでしょう。

ピラミッドによって結ばれた絆

ギザの三大ピラミッド:ここには各地から集められた労働者の村が存在する/Wikipediaより引用

ピラミッドは王墓ではないかもしれない……

しかし、その構造などから、葬祭的な意味合いを含んだ施設であることは確かでなようです。

たとえファラオが埋葬されなかったとしても、ファラオの死、及び復活への願いとは無関係ではなかったようです。

そんなピラミッドの建設にかかわった労働者たちも。古代エジプト人の死生観とは無縁ではありませんでした。

古代エジプト人もまた、ファラオと同じく、死後の復活を望んでいたでしょう。

ピラミッド建設に従事することで、その願いが叶えられると期待していたのかもしれない。

その思いは、公共事業説が主張するような現実的・経済的な結束力ではなく、精神的な団結力を産み出したことでしょう。

メンデルスゾーン氏の主張する中央集権国家の確立もそうした精神的な結びつきによって成し遂げられたと理解されています。

公共事業説やメンデルスゾーンの学説は、ピラミッド建設というものに視点をおいているところが特徴と言えます。

そのおかげで、中央主権国家の確立というひとつの側面を捉えられることが可能になりました。

しかし、ピラミッドにまつわる謎のすべてを解明できたわけではありません。

やはり、ピラミッドそのものの目的が解明されない限りは、その建設目的も謎のままでしょう。

『参考文献』

クルト・メンデルスゾーン著・酒井傳六訳『ピラミッドの謎』文化放送開発センター出版部、1976年。

クルト・メンデルスゾーン著・酒井傳六訳『ピラミッドを探る』法政大学出版局、2009年

ミロスラフ ヴェルナー『ピラミッド大全』法政大学出版局 2003

吉村作治『痛快! ピラミッド学』集英社インターナショナル、2001

大城道則『ピラミッドへの道―古代エジプト文明の黎明―』講談社2001年

大城道則『図説 ピラミッドの歴史』河出書房新社 2014年

吉村作治『痛快! ピラミッド学』集英社 2001年

 

 

-エジプト, 古王国時代
-, , , , , ,

© 2021 古代文明大研究 Powered by AFFINGER5