オリエント メソポタミア都市国家

ギルガメシュー半神半人の謎に包まれた伝説の王の真実ー

人類史上、初の本格的な文学作品であるメソポタミアの叙事詩『ギルガメシュ叙事詩』

その主人公ギルガメシュは、『シュメール王名表』に名が記された実在の人物であると言われています。

しかしギルガメシュは死後早くから神格化され、その詳しい生涯はよくわかっていません。

謎に包まれた伝説の王、ギルガメシュ。

わずかに残された史料から、その人物像を探ってみましょう。

ギルガメシュ叙事詩とは?

ギルガメシュ像/Wikipediaより引用

『ギルガメシュ叙事詩』とはバビロニアの粘土板に書かれ、世界最古の本格的な文学作品ともいわれる古代メソポタミアの一大叙事詩、『ギルガメシュ叙事詩』。

その大筋は、次の通りです。

シュメールの都市国家ウルクの王、ギルガメシュは3分の2は神、3分の1は人間という半神半人です

ギルガメシュは悪名高い暴君であり、その悪行にウルクの民は困り果てていました。

そんなギルガメシュを見かねた神は、彼と対決させるべく、怪力の野人エンキドゥを造ります。

エンキドゥはギルガメシュと、激しく格闘しますが、その強さは互角で決着がつかず、いつしか2人の間には友情が芽生えます。

こうして無二の親友となった2人はフンババという怪物の征伐に旅立ち、長い冒険の末、ついにこれを退治します。

冒険の旅によって、暴君であったギルガメシュは王者の風格を備えた真の英雄へと成長し、ウルクヘと凱旋します。

その雄姿を見た愛の女神イシュタルは、ギルガメシュに恋心を抱いて結婚を申し込むが、彼女の不実と浮気癖を知る彼はそれを拒絶してしまいます。

怒ったイシュタルは天の牡牛をウルクに送り、大暴れさせます。

イシュタルのレリーフ/Wikipediaから引用

ギルガメシュはエンキドゥと力を合わせて天の牡牛を倒しますが、エンキドゥはその罰として病に倒れ、長患いの末に死んでしまいます。

友の死に悲しみに暮れるギルガメシュは永遠の命を求めて、ひとり旅にでることになります。

数々の冒険の末、不死の英雄ウトナピシュテイムに出会います。

この時ウトナピシュテイムはギルガメシュに「自分は大洪水の後に子孫を確保するために不死を授けられたのであり、例外は二度と起こり得ない」と告げます。

その後ギルガメシュは、若返りの薬草のありかを聞き出し危険を冒して手に入れますが、これも蛇に食べられてしまいます。

失意のギルガメシュは永遠の命を得るのは不可能と悟り、ウルクに帰還します。

この壮大な物語は、紀元前2000年頃までにアッカド語で叙事詩にまとめられたと考えられています。

その後アッシリア語版、ヒッタイト語版、フルリ語版などさまざまな言語に翻訳されていきました。

現在に残されたもっとも完全な粘土板は紀元前7世紀頃のもので、バビロニアのアッシュールバニパル王の文書館から出土しています。

ギルガメシュとエンキドゥの手に汗握る冒険を描いたこの叙事詩は、エンターテイメント性の高さにおいても優れた作品でしょう。

半神でありながら人間的な魅力や弱さを持ち、成長をつづける英雄ギルガメシュは今なお多くの人々に共感され、愛されていきます。

ギルガメッシュは実在した人物なのか?

ギルガメシュのレスリングを描いた彫刻/Wikipediaより引用

『ギルガメシュ叙事詩』の中で魅力的な英雄として描かれている主人公、ギルガメシュ。

しかしギルガメシュが本当に実在の人物であったことを証明するものは少ないです。

ギルガメシュの名はシュメールの歴代の王の名を記した『シュメール王名表』にも記録されているが

初期王朝に関する記述は史実というより神話によるものであり、これだけでは実在の証明とはならないでしょう。

この『シュメ―ル王名表』によると、ギルガメシュ王は紀元前2750年頃~2600年頃のウルク第1王朝5番目の王であり、ドゥムジ王の後を継いでウルクを126年間統治したとされています。

126年の治世というのは、当然のことながら現実ではあり得ない話であり、実在の不確かさに拍車をかけていきます。

仮にギルガメシュが実在の人物だったとしても、彼が早いうちから神格化されていたことは確かでしょう。

シュメール初期王朝末期、紀元前25世紀にはすでに「ギルガメシュ」は神の名として記録されており、紀元前22世紀には、彼は神として供儀を捧げられるようになります。

シュメールの多くの時代において、ギルガメッシュは実在の王として業績を讃えられるよりも、神として崇められる存在でした。

しかし、ギルガメシュの実在を証明する手掛かりがまったくないわけではありません。

ギルガメシュ王の実在の証拠として『ギルガメシュ叙事詩』よりも有力なものに、やはり粘土板に刻まれた短い叙事物語『ギルガメシュとアッガ』があります。

この物語は『ギルガメシュ叙事詩』よりもさらに古い時代に作られたと考えられます。

それによればウルクは一時、セム人の国家キシュの支配下にあったが、ギルガメシュ王の代になってキシュを打ち破り、キシュの王アッガを捕虜としたとされています。

この物語は『ギルガメシュ叙事詩』とは異なり、神話的な要素は少しもなく、ウルクの王であるギルガメシュとキシュ王アッガの戦いを拙いた戦記です。

ギルガメシュとアガの物語/Wikipediaより引用

こうしたことから、『ギルガメシュとアッガ』はまったくのフィクションではなく、歴史的事実をもとに描れたものであるとも考えられています。

またアソガの父とされるエンメバラゲシ王は、現存する碑文を奉献した人物として実在が確認さています。

彼が実在したというのであれば、その息子アッガ、ひいてはアッガと戦ったギルガメシュもまた、実在した可能性が高いと考えられるでしょう。

『ギルガメシュとアッガ』はギルガメシュ実在説のもっとも説得力のある根拠とされています。

また彼の実在をうかがわせる記述は『ギルガメンュ叙事詩』の中にも存在します。

叙事詩の中にはギルガメシュが「ウルクの城壁を建てた」との記述がありますが、実際に紀元前18世紀のウルクの王が「かつてギルガメシュが築いた城壁を修復した」と記録する碑文を残しています。

このウルクの城壁は現在まで残されており、このこともギルガメシュの実在を裏づける根拠のひとつとされています。

ギルガメッシュ叙事詩が意味するものとは?

ウルク遺跡/Wikipediaから引用

ギルガメッシュが実在の人物だったすれば、現存するウルクの城壁や『ギルガメッシュとアッガ』の記述が示すとおり、ギルガメッシュが生きた時代は激しい戦乱の只中にあったと思われます。

シュメールに存在する25の都市国家の間で覇権を争う戦争が頻繁し、とくにキシュ、ウル・ウルクの3国間の争いが熾烈を極めました。

政治的な混乱から内乱も頻?し、戦争と内乱が交互に繰り返される、不安定な時代でした。

この三つ巴の戦いで勝利を収めたのは、ギルガメシュが統括しているとされるウルクです。

しかしその栄光も束の間、大きな内乱が勃発してウルクは荒廃し、そのすきをついて攻め入って来たエラム人によって征服されてしまいます。

戦乱の時代に生を受けたギルガメッシュ王は、おそらく戦いに明け暮れる日々を送ったことでしょう。

その生涯は、叙事詩に描かれた英雄ギルガメッシュに劣らぬ、波乱に満ちた激しいものであったのです。

古代文明大研究

歴史系ブロガーです。 小学生の頃からの古代文明が好きです。 古今東西の古代の歴史について調べています。 解き明かされていない謎について迫って行くことに面白みを感じています。(中々人に理解されないですよね~泣) 分かりやすく世界の古代史について情報発信をしていきます。 よろしくお願いします

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